高血圧の治療目標 – 最新のエビデンスに基づいて

高血圧を放っておかずに治療しましょう、ということを耳にするかと思います。
今回は、どの程度まで血圧を下げればよいのか、そしてその根拠は何なのか、深掘りできればと思います。


現在の高血圧治療ガイドラインでは、病態により基準が変わるものの、主に

75歳未満
診察室血圧 130/80mmHg未満
家庭血圧 125/75mmHg未満


75歳以上
診察室血圧 140/90mmHg未満
家庭血圧 135/85mmHg未満

を目標としております。

実際の高血圧治療では、なかなか厳しい基準だと感じることもあるかもしれません。
その厳しさを表すかのように、12カ国の526,336名の高血圧患者を対象に血圧140/90mmHg未満が達成されている割合を検証した研究では、日本は先進国の中で最低水準、3割未満しか十分な治療ができていないということが示されております。(1)
このような「高血圧であるにもかかわらず治療を開始しない」、「ガイドラインで示されている降圧目標よりも高いにもかかわらず治療を強化せず、そのまま様子を見る」といった不十分な治療は、clinical inertia(臨床イナーシャ、惰性)と言われており、啓発、教育を行って取り組むべき課題とされています。



そこで、十分に血圧を下げることの意義をエビデンスとともに確認していきたいと思います。

まず、2023年に発表されたデータとしては、34ヵ国の約150万人を対象に10年後の心血管イベント、死亡率を評価した研究があります。この中で、

・BMI(肥満度数)
・収縮期血圧
・non-HDLコテステロール(LDLコレステロールや中性脂肪)
・喫煙
・糖尿病

が危険因子として示されております。さらに、血圧に関しては収縮期血圧が120以上では、血圧がたかければ高いほど、心血管イベント、死亡率が増加することも示されております。(2)



約220万人を対象にした日本人のデータでも、血圧が高いほど、10年後の心血管イベント(心筋梗塞、狭心症、脳卒中、心不全、心房細動)が多いことが知られております。(3)
これらの研究から、収縮期血圧125mmHg未満を提示している日本のガイドラインは、厳しいながら妥当なのだと理解できると思います。

一方で、これらは多くの患者さんのデータの蓄積から得られた知見であり、血圧をしっかりと下げるように介入したほうが良いのか、その問いに対する直接の答えではありません。その答えを求めて行われた試験が、いずれも2021年に発表された

SPRINT: Systolic Blood Pressure Intervention Trial
STEP:Strategy of Blood Pressure Intervention in the Elderly Hypertensive Patients

です。

SPRINT試験では、50歳以上の9361人 (糖尿病・脳卒中の既往なし)を対象にて標準療法群と強化療法群に無作為に振り分け、強化療法(目標血圧 120mmHg以下)のほうが、脳卒中、急性冠症候群、心不全、心血管死が少ないことを示しております。(4)
 
また、STEP試験では、60-80歳の8511人を対象にて標準療法群と強化療法群に無作為に振り分け、強化療法(目標血圧 110-130mmHg)のほうが、脳卒中、急性冠症候群、冠血行再建術、心房細動、心不全、心血管死が少ないことを示しております。(5)


すなわち、しっかりと血圧を下げるようにしたほうが、心血管イベントを減らすことができる、というわけです。

これらの明確なエビデンスをもとに血圧はしっかりと下げましょうとされているのです。

1.	Collaboration NCDRF. Long-term and recent trends in hypertension awareness, treatment, and control in 12 high-income countries: an analysis of 123 nationally representative surveys. Lancet 2019;394:639-651.
2.	Global Cardiovascular Risk C, Magnussen C, Ojeda FM et al. Global Effect of Modifiable Risk Factors on Cardiovascular Disease and Mortality. N Engl J Med 2023;389:1273-1285.
3.	Kaneko H, Yano Y, Itoh H et al. Association of Blood Pressure Classification Using the 2017 American College of Cardiology/American Heart Association Blood Pressure Guideline With Risk of Heart Failure and Atrial Fibrillation. Circulation 2021;143:2244-2253.
4.	Group SR, Lewis CE, Fine LJ et al. Final Report of a Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control. N Engl J Med 2021;384:1921-1930.
5.	Zhang W, Zhang S, Deng Y et al. Trial of Intensive Blood-Pressure Control in Older Patients with Hypertension. N Engl J Med 2021;385:1268-1279.