ニトログリセリンのちょっと意外な歴史 ― ダイナマイトから、ノーベル賞へ ―

狭心症の治療では、ニトログリセリンという薬を使うことがあります。
循環器診療では昔から使われている薬ですが、ニトログリセリンという名前から、ダイナマイトを思い浮かべる方もいるかもしれません。
今回、医学誌 New England Journal of Medicine(NEJM)に掲載された、ニトログリセリンと一酸化窒素(NO)の歴史をめぐる文章を読みました。2015年に掲載されたものです。
普段の診療でも使う薬ですが、その歴史をたどると、狭心症の治療から血管の仕組みの解明、さらにノーベル賞や別の治療薬へと研究がつながっていきます。
今回は、このNEJMの文章をベースに、関連する研究も交えながら、ニトログリセリンとNOをめぐる歴史を紹介します。
今回のベースとなる文献
1. Steinhorn BS, Loscalzo J, Michel T. Nitroglycerin and Nitric Oxide — A Rondo of Themes in Cardiovascular Therapeutics. N Engl J Med. 2015;373:277–280. doi:10.1056/NEJMsr1503311. 掲載論文 / 公開著者原稿
Rondo(ロンド)― 臨床と研究の往復
タイトルにある「Rondo(ロンド)」は、同じ主題が繰り返し現れ、その間に異なる旋律が挟まる音楽形式です。NEJMの本文は、このロンドの説明から始まります。
著者らは、患者さんで観察された現象を研究室で調べ、新しい仕組みや治療を見いだし、それが再び患者さんのもとへ戻っていく過程を、ロンドになぞらえています。
さらに本文の冒頭では、このロンドは「Eの調」で進むと表現されています。Eは endothelium、血管の内側を覆う「血管内皮」の頭文字です。
以下では、臨床での観察と基礎研究が行き来してきた経緯を、年代に沿ってたどります。

1768年、狭心症が記載される
1768年、英国の医師ウィリアム・ヘバーデン(William Heberden)は、狭心症を「angina pectoris」として報告しました。歩いたときなどに胸が苦しくなり、立ち止まると和らぐ。現在も、狭心症を疑う際に大切な症状です。
NEJMでは、ヘバーデンが症状を詳しく記載する一方、治療についてはほとんど提案できないと述べていたことも紹介されています。まず、患者さんに何が起きているのかを観察するところから、病気が記載されていきました。
同じ18世紀には、英国の化学者ジョゼフ・プリーストリー(Joseph Priestley)によるNOの研究も行われていました。ただし、この時点では、狭心症という病気とNOという気体は、別々の研究対象でした。
その後、狭心症にニトログリセリンが使われるようになり、さらに後の研究でNOとの関係が分かっていきます。臨床の観察と化学の研究が結びつくまでには、長い時間が必要でした。
1840年代、ニトログリセリンが合成される
1840年代、イタリアの化学者アスカニオ・ソブレロ(Ascanio Sobrero)がニトログリセリンを合成しました。NEJMの本文では、合成年を1846年としています。
爆発性の強い物質であることが分かる一方、ソブレロは自ら合成した物質をごく少量舌に触れさせ、強い頭痛を経験したとされています。未知の化学物質を口にするのは危険ですが、当時の記録には、このような体への作用も残されています。
この時点では、ニトログリセリンが狭心症の治療薬になることも、その作用にNOが関わることも分かっていませんでした。まず、人の体にはっきりした変化を起こす物質として観察されていたわけです。
ニトログリセリンが狭心症の治療へ
19世紀後半には、血管を広げる物質が実際の治療に使われるようになります。英国の医師トーマス・ローダー・ブラントン(Thomas Lauder Brunton)は亜硝酸アミルを狭心症に用い、その後、ウィリアム・マレル(William Murrell)がニトログリセリンの治療効果を調べました。
マレルは1879年、医学誌 Lancet にニトログリセリンを狭心症の治療に用いた報告を発表しています。亜硝酸アミルとニトログリセリンは別の薬ですが、血管を広げる作用を治療に生かす研究が進んでいったことが分かります。 (2)
ニトログリセリンは、このように19世紀にはすでに狭心症に使われていました。一方で、細胞の中でどのように作用するのかが明らかになるのは、20世紀後半のことです。
病気の仕組みをすべて解明してから薬が作られたのではなく、先に治療効果が知られ、その理由を後の研究者たちが調べていった、という順番です。
アルフレッド・ノーベルとニトログリセリン
ニトログリセリンの歴史には、アルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel)も登場します。ノーベルはニトログリセリンを利用したダイナマイトの開発で知られていますが、後に狭心症を患い、ニトログリセリンによる治療を勧められました。
NEJMでは、ノーベルがこの巡り合わせを「運命の皮肉」と表現したことが紹介されています。爆薬として利用してきた物質が、自分の心臓の治療薬として勧められる。ニトログリセリンの対照的な二つの用途が分かるエピソードです。
そして、ニトログリセリンの作用をめぐる研究は、後にNOの働きの解明へ進み、今度はノーベル生理学・医学賞につながっていきます。
「なぜ効くのか」を、研究室で調べる
20世紀に入ると、ニトログリセリンの作用を実験室で調べる研究が進みました。血管の筋肉だけでなく、気管や消化管などの平滑筋も緩めることが分かってきます。平滑筋は、血管や内臓の壁などにある筋肉です。 (3)
治療で見られる作用を実験でも確かめながら、体の中にもともとある何かの働きを、ニトログリセリンが代わりに引き起こしているのではないか、と考えられるようになりました。
1977年、フェリド・ムラド(Ferid Murad)らの研究によって、硝酸薬の作用にNOが関わり、細胞内のcGMPという物質を介して血管の筋肉が緩む仕組みが明らかになっていきます。 (3)
ここでは、NOが血管の壁の筋肉に「緩んでよい」という合図を伝える、と考えると分かりやすいと思います。ニトログリセリンは、この合図に関係する仕組みを働かせて血管を広げます。
薬の作用を説明する手がかりが得られると、今度は、体が普段から同じ仕組みを使っているのか、という疑問も生まれます。薬を投与したときだけ働くものなのか。それとも、体自身の血管調節に関わるものなのか、ということです。
血管の内側にある「内皮」の役割
1980年、ロバート・ファーチゴット(Robert F. Furchgott)とジョン・ザワズキー(John V. Zawadzki)が、血管内皮に関する研究を Nature に発表しました。 (4)
取り出した血管にアセチルコリンという物質を加えると、血管が緩む場合と、そうならない場合がありました。この違いを調べると、標本を準備する際に血管の内側をこすってしまったかどうかが関わっていました。
内側の薄い細胞の層を残すと血管は緩み、その層が取り除かれると、同じ反応が起こらなくなる。アセチルコリンによる弛緩には、血管の筋肉だけでなく、血管内皮が必要だったのです。
そこで、内皮から「血管の筋肉を緩める何か」が出ていると考えられました。その物質は、EDRF(endothelium-derived relaxing factor:内皮由来弛緩因子)と呼ばれるようになります。
長い名前ですが、意味は「血管の内側の細胞から出て、血管を緩めるもの」です。正体はまだ分からないため、まず、その働きを表す名前がつけられていました。
基礎研究から、再び患者さんの冠動脈へ
1986年、NEJMに掲載されたラドマー(P. L. Ludmer)らの研究では、患者さんの冠動脈にアセチルコリンを投与し、その反応を調べました。 (5)
正常な冠動脈では血管が広がる一方、動脈硬化のある冠動脈では、逆に縮む反応が見られました。強い狭窄がある血管だけでなく、軽度の動脈硬化でも、この反応が認められています。
ところが、ニトログリセリンを投与すると、調べたすべての血管が広がりました。
18人を対象とした小規模な研究ですが、血管には「どれくらい狭くなっているか」という形の問題に加え、「刺激に対して適切に広がれるか」という働きの問題もあることを示しています。
実験室で調べられていた内皮の働きが、実際の患者さんの冠動脈の異常を理解する手がかりにもなっていきました。
EDRFの正体はNOだった
1987年、サルバドール・モンカダ(Salvador Moncada)らと、ルイ・イグナロ(Louis J. Ignarro)らのグループが、それぞれEDRFの正体をNOと結びつける研究を発表しました。 (6,7)
血管内皮が出していた「血管を緩める何か」は、ニトログリセリンの作用を調べる中でも重要だった、一酸化窒素だったのです。
外から投与した薬の作用を調べる研究と、体がもともと持っている血管調節の仕組みを調べる研究が、ここでつながりました。
血管は、血液が通るだけの管ではありません。内側の細胞が合図を送り、周囲の筋肉の緊張を調節しています。薬の仕組みを理解することが、人間の血管が普段どう働いているのかを理解することにもつながったわけです。
1992年には、血管内皮でNOを作る酵素、eNOS(内皮型一酸化窒素合成酵素)の遺伝子がクローニングされました。内皮から出る合図の正体だけでなく、それがどのように作られるのかについても研究が進んでいきます。
1998年、NO研究にノーベル賞
1998年、ファーチゴット、イグナロ、ムラドの3人に、ノーベル生理学・医学賞が授与されました。受賞理由は、NOが心血管系の情報伝達に働くことを明らかにした発見です。
ニトログリセリンそのものの発明が受賞したのではありません。古くから治療に使われていた薬の作用と、体自身が持つ血管調節の仕組みを結びつけた研究が、大きく評価されたのです。
ノーベルが爆薬に利用し、自身の治療にも勧められたニトログリセリン。その作用に関わる体の仕組みの解明が、後にノーベル賞につながりました。
bench to bedside to bedroom
NOによる情報伝達への理解は、新しい薬の開発にもつながっていきます。その一つが、シルデナフィルです。現在では勃起不全治療薬として知られていますが、もともとは狭心症の治療薬を目指して開発されました。
シルデナフィルは、NOによって生じる血管拡張の合図を長く保つ方向に作用します。狭心症の薬としての開発からは方向が変わり、勃起不全に対する効果が確かめられました。1998年には、その臨床試験がNEJMに掲載されています。 (8)
医学では、研究室での発見を患者さんの治療へつなげることを「bench to bedside」と表現します。benchは実験台、bedsideは患者さんのベッドサイドです。
今回のNEJMの著者たちは、シルデナフィルの経緯を、次のように表現しています。
bench to bedside to bedroom
研究室からベッドサイドへ、そしてベッドルームへ。
狭心症の薬を目指した研究が、勃起不全の治療につながった。その経緯を表した一節です。なお、ニトログリセリンそのものが勃起不全治療薬になったわけではなく、NOに関わる仕組みへの理解が、別の薬の開発や使い道につながった、ということです。
ベッドサイドから、再び研究室へ
論文の最後では、研究室から臨床へという方向だけでなく、患者さんで観察されたことが、新たな研究の問いとして研究室へ戻ることの重要性が述べられています。
from the bedside back to the bench
ベッドサイドから、再び研究室へ。
この歴史では、患者さんの症状を観察し、薬で起きた変化を確かめ、その理由を研究室で調べ、新しく分かった仕組みをまた治療へつなげる、という往復が繰り返されています。
個人的にも、医学は研究室で生まれたものが一方的に診療へ伝わるだけではなく、日々の診療で生まれた疑問が研究へ戻り、その答えが新しい診療につながる、というやりとりの中で発展してきたのだと感じます。
ニトログリセリンとNOの歴史を振り返ると、現在の治療の背景に、こうした積み重ねがあることが分かります。同じ主題に戻りながらも、そのたびに理解が深まっていく。臨床と研究の往復を重ねて医学が発展してきたことを、あらためて感慨深く感じます。
最後に
狭心症の治療で現在も使われているニトログリセリン。その背景には、18世紀の臨床観察、19世紀の化学、血管内皮とNOの研究、そして新しい治療薬へと続く経緯がありました。
普段使っている薬について少し歴史をさかのぼると、現在の治療がどのように形づくられてきたのかが見えてきます。
当院では、胸痛や胸の圧迫感、歩いたときの胸部不快感など、狭心症が疑われる症状についても診療しています。気になる症状がありましたら、ご相談ください。
強い胸痛が続く場合や、冷汗・強い息苦しさなどを伴う場合は、通常の外来受診を待たず、119番で救急要請してください。
参考文献
本文中で紹介した関連研究です。ベースとなるNEJMの論文は、冒頭に掲載しています。
- Murrell W. Nitro-glycerine as a remedy for angina pectoris. Lancet. 1879;1:80–81,113–115,151–152,225–227. 原著
- Murad F. Shattuck Lecture — Nitric oxide and cyclic GMP in cell signaling and drug development. N Engl J Med. 2006;355:2003–2011. doi:10.1056/NEJMsa063904. 講演論文
- Furchgott RF, Zawadzki JV. The obligatory role of endothelial cells in the relaxation of arterial smooth muscle by acetylcholine. Nature. 1980;288:373–376. doi:10.1038/288373a0. 原著
- Ludmer PL, Selwyn AP, Shook TL, et al. Paradoxical vasoconstriction induced by acetylcholine in atherosclerotic coronary arteries. N Engl J Med. 1986;315:1046–1051. doi:10.1056/NEJM198610233151702. 原著
- Palmer RMJ, Ferrige AG, Moncada S. Nitric oxide release accounts for the biological activity of endothelium-derived relaxing factor. Nature. 1987;327:524–526. doi:10.1038/327524a0. 原著
- Ignarro LJ, Buga GM, Wood KS, Byrns RE, Chaudhuri G. Endothelium-derived relaxing factor produced and released from artery and vein is nitric oxide. Proc Natl Acad Sci U S A. 1987;84:9265–9269. doi:10.1073/pnas.84.24.9265. 原著
- Goldstein I, Lue TF, Padma-Nathan H, Rosen RC, Steers WD, Wicker PA; Sildenafil Study Group. Oral sildenafil in the treatment of erectile dysfunction. N Engl J Med. 1998;338:1397–1404. doi:10.1056/NEJM199805143382001. 原著
