心筋梗塞(MI)後のβ遮断薬は「全員にずっと必要」なのか?──最新研究で見えてきた答え
結論:カギは「心臓のポンプ力(LVEF)」です
β遮断薬(βブロッカー)は、心筋梗塞のあとに広く使われてきた薬です。
ただ近年の研究で、LVEF(左室駆出率)が保たれている人では 「予後を良くする目的で“ルーチンで長期”に続ける上乗せ効果は大きくない」 可能性がはっきりしてきました。【2】【3】
一方で、LVEFが少し低下している人(40–49%)では、β遮断薬が 死亡・再梗塞・心不全の複合を減らすことが示されています。【1】
※LVEF(左室駆出率):心臓が血液を押し出す力の目安。一般に、60%以上が「正常」、50–60%が「保たれている」、 40–49%が「やや低下」、40%未満は「低下」といった整理で語られます。
β遮断薬って何をする薬?
β遮断薬は、心臓にかかる負荷(心拍数・血圧・交感神経の刺激)を下げ、胸痛(狭心症)や不整脈、心臓の過労を抑えるために使われます。
以前は、心筋梗塞後の予後改善が示され、「定番薬」として長く広く用いられてきました。
なぜ今、見直しが必要になったのか
現在は、PCI(カテーテル治療)、スタチン、抗血小板薬などが標準化し、梗塞サイズが小さい・LVEFが保たれる患者さんが増えています。
そのため「昔ほどβ遮断薬の“上乗せ効果”が残っているのか?」が、ここ数年の大きなテーマになりました。
研究の種類を、かんたんに整理
この話題の研究は、大きく2つあります。
①くじ引きのようにグループ分けして比べる研究(ランダム化比較試験)
薬を「飲む/飲まない」を偶然に決めて、結果を比べます。医師の判断や患者背景の偏りが入りにくく、「薬そのものの効果」を見やすいのが強みです。
※医学的には、この“くじ引きのように比べる研究”を ランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial: RCT) と呼びます。
②過去の診療データを集めて比べる研究(大規模観察研究)
実際の医療現場の記録を使うので人数が多い一方で、「必要だから処方された」「状態が良いので中止された」などの影響(偏り)が残りやすいのが弱みです。
近年は①の研究(ランダム化比較試験)が相次いで行われ、結論の整理が進みました。
ここが本題:最新の研究が示したこと
1)LVEFが保たれている(≥50%)人:平均として予後は変わらない
REDUCE-AMI(NEJM 2024)
心筋梗塞後で LVEF ≥50% の患者さんを対象に、β遮断薬を使う群と使わない群を比べました。
結果は、死亡+再梗塞の複合に差は出ませんでした。【2】
個別データをまとめた解析(NEJM 2025:複数試験の統合)
複数の試験の患者さんデータをまとめて解析しても、LVEF ≥50%(他の明確な適応がない場合)では、β遮断薬は 死亡・再梗塞・心不全の複合を減らしませんでした。【3】
簡潔にまとめると
心機能が保たれている人では、「β遮断薬を飲み続けることで寿命や再梗塞がはっきり減る」とは言いにくくなってきています。【2】【3】
2)LVEFが“少し低下”(40–49%)の人:β遮断薬で複合転帰が改善
LVEF 40–49% に対象を絞って解析した研究では、β遮断薬で 全死亡+新規MI+心不全 の複合が有意に減少しました。【1】
簡潔にまとめると
「心臓の力が少し落ちている」人では、β遮断薬は“やる価値が高い”可能性が高い、という整理ができます。 【1】
3)LVEFが40%以上全体では、研究によって結論が割れる(なぜ?)
同じように「LVEFが極端に悪くない人」を対象にしても、研究により結果が一致しないことがあります。たとえば、
- REBOOT(NEJM 2025)では、死亡+再梗塞+心不全入院の複合で差が出ませんでした。【4】
- BETAMI–DANBLOCK(NEJM 2025)では、死亡を含むより広いMACE(再梗塞、予定外血行再建、脳梗塞、心不全、致死性不整脈など)で見ると、β遮断薬群で低下しました。【5】
なぜ割れるのか?(患者さん向けに一言で)
研究ごとに「何をゴールにするか(評価項目)」や「患者さんのリスク」が少し違うため、結果の見え方が変わることがあります。【4】【5】
“数年前の大規模観察研究”が作った論争(ランダム化比較試験が出る前)
ランダム化比較試験が出そろう前は、診療データを使った大規模観察研究で議論が割れていました。
- 英国の大規模研究(JACC 2017):心不全や明らかな心機能低下がない人では、統計的に調整すると「β遮断薬で死亡が下がるとは言い切れない」という結論。【7】
- 韓国の全国データ(Eur Heart J 2020):「1年以上継続」している人で死亡が低い関連が報告。【8】
- デンマークの全国データ(Eur Heart J 2021):安定期(3か月以降)に長く続けても、効果が明確でないという方向の結果。【9】
観察研究は実臨床に近い一方で、「必要だから処方された/調子がいいので中止された」といった偏りが入り得ます。そこで近年、ランダム化比較試験が増え、上のように整理が進みました。
「やめてもいい?」に関する重要な話(ABYSS試験)
ここはよく質問されるポイントです。
「心筋梗塞のあと、β遮断薬をずっと飲んで落ち着いている人が『もうやめても大丈夫?』という疑問に対して、ABYSSという研究では、やめたグループのほうが“トラブルなく過ごせる”とは言い切れず、むしろ受診や入院が少し増える傾向がありました。だから、“安全にやめられる”と断定できませんでした。」【6】
じゃあ外来でどう考える?
LVEF別:ざっくりの考え方
- LVEF ≤40%/心不全あり:β遮断薬の意義は大きく、基本は継続(従来どおり強い適応)。
- LVEF 40–49%:予後改善が示された層で、継続に前向き。【1】
- LVEF ≥50%:予後改善目的の“ルーチン長期”は上乗せが小さい可能性。【2】【3】
ただし、LVEFが正常でも「続ける意味」があるケース
β遮断薬は予後だけでなく、次の目的で重要なことがあります。
- 脈が速い/血圧が高い
- 胸痛(狭心症)
- 不整脈(例:心房細動の脈拍コントロール など)
こうした“別目的”がある場合は、LVEFが正常でも続ける合理性があります。
当院での考え方
当院では、最新の研究結果も踏まえて、β遮断薬の開始・減量・中止は、患者さんそれぞれの心臓の状態(LVEF)や症状、 血圧・脈拍、副作用の有無などを確認しながら、個別に調整しています。
参考文献
- Rossello X, Prescott EIB, Kristensen AMD, et al. β blockers after myocardial infarction with mildly reduced ejection fraction: an individual patient data meta-analysis of randomised controlled trials. Lancet. 2025;406(10508):1128-1137. doi:10.1016/S0140-6736(25)01592-2.
- Yndigegn T, Lindahl B, Mars K, et al. Beta-Blockers after Myocardial Infarction and Preserved Ejection Fraction. N Engl J Med. 2024;390(15):1372-1381. doi:10.1056/NEJMoa2401479.
- Kristensen AMD, Rossello X, Atar D, et al; Beta-Blocker Trialists’ Collaboration Study Group. Beta-Blockers after Myocardial Infarction with Normal Ejection Fraction. N Engl J Med. 2025. doi:10.1056/NEJMoa2512686.
- Ibanez B, Latini R, Rossello X, et al; REBOOT-CNIC Investigators. Beta-Blockers after Myocardial Infarction without Reduced Ejection Fraction. N Engl J Med. 2025;393(19):1889-1900. doi:10.1056/NEJMoa2504735.
- Munkhaugen J, Kristensen AMD, Halvorsen S, et al. Beta-Blockers after Myocardial Infarction in Patients without Heart Failure. N Engl J Med. 2025;393(19):1901-1911. doi:10.1056/NEJMoa2505985.
- Silvain J, Cayla G, Ferrari E, et al. Beta-Blocker Interruption or Continuation after Myocardial Infarction. N Engl J Med. 2024;391(14):1277-1286. doi:10.1056/NEJMoa2404204.
- Dondo TB, Hall M, West RM, et al. β-Blockers and Mortality After Acute Myocardial Infarction in Patients Without Heart Failure or Ventricular Dysfunction. J Am Coll Cardiol. 2017;69(22):2710-2720. doi:10.1016/j.jacc.2017.03.578.
- Kim J, Kang D, Park H, et al. Long-term β-blocker therapy and clinical outcomes after acute myocardial infarction in patients without heart failure: nationwide cohort study. Eur Heart J. 2020;41(37):3521-3529. doi:10.1093/eurheartj/ehaa376.
- Holt A, Blanche P, Zareini B, et al. Effect of long-term beta-blocker treatment following myocardial infarction among stable, optimally treated patients without heart failure in the reperfusion era: a Danish, nationwide cohort study. Eur Heart J. 2021;42(9):907-914. doi:10.1093/eurheartj/ehaa1058.
